2018,12,3 更新
ひらめき☆ときめきサイエンス

実験と工作で体験するカオスと液晶の科学

↑昨年の活動の写真

実施日 平成30年12月9日(日曜日)

募集対称&人数 高校生20名

申し込み受け付け終了

実施責任者: 大分大学理工学部 共創理工学科 自然科学コース 長屋智之

協力者: 奈良重俊(岡山大),岩下拓哉,小野澤晃,高橋徹


 ニュースなどで,複雑で混沌とした状況を表す言葉として「カオス」が使われることがありますが,どの様な現象がカオスなのかが理解されていないと思います。この講座では,講義,工作,実験を通じてカオスの不思議な世界を体験してもらいます。
 午前の講義ではカオスの基礎を説明します。また,本事業に関係した科学研究費の研究も紹介します。午後はカオスの運動をする二重振り子の製作にチャレンジします。振り子が止まらないようにする電子回路が必要なため電子工作(ハンダ付け作業)も行います。その後,カオスの信号を発生する電子回路の波形をオシロスコープで観測し,カオスの特徴を体感してもらいます。カオスになると土星の輪のような不思議な軌道がオシロスコープに映し出されます。最後に,液晶に電気を掛けたときに発生する電気対流を顕微鏡で観察し,電圧を増やしていくとカオス状態に移り変わる様子を見て頂きます。二重振り子,電子回路,液晶電気対流の3つの実験を通じてカオスとは何かを体験できます。  活動の終了後,希望者には実験装置の見学を実施します。

午前の講義:カオスの科学 講師:岡山大学名誉教授・特命教授(研究) 奈良重俊

 地球上から見る日食や月食は,月の影が地球上にできることで太陽が隠されるように見えるということや地球の影に月が入ることで月が隠されるように見える,という力学的理由をもって説明されます(図1参照)。現在ではそれらが見える場所と時間が正確にテレビや新聞を通じて報道されています。この予測は未来かなり長くまで(おおよそ二千年程度以上)正確になされています。これは地球の運動や月の運動が力学の法則を用いて数学的に大変精度よく予測されることによるものです。 それに対して,たとえば鳥取砂丘などの砂丘において一夜強い風が吹くと翌朝砂上には複雑な(時に美しさを感じる)砂紋ができることがあります(図2参照)。空気の流れ(風)や砂粒1個1個の運動は人間が発見した力学の法則に従って動いているはずであり,またそれは正しいと考えられています。しかし私たちはこの砂の紋様(別名パターンと言います)がどんな形になるかを正確に予測することができません。砂粒一個一個それぞれに(例えば風から)どんな力が働くかを正確に測定することは到底できないことなのです。さらにはたとえ測定ができたとしてもそれ以後の砂粒同士がどのように力を及ぼし合って移動するかを力学法則に基づく運動の予測のための計算があまりにも膨大過ぎてこれも到底できないからです。12時間程度後の砂紋を予測するために計算機を宇宙の年齢(数百憶年?)を何桁も超す時間にわたって稼働し続けなくてはならないとしたらそれは全く意味のないことですね。


   
日食や月食の生ずる理由を力学的に説明したもの。

図1. 日食や月食の生ずる理由を力学的に説明したもの。地球が太陽の周りを回転する運動や月が地球の周りを回転する運動は万有引力の法則と呼ばれる力学法則によって精度良く予測が可能である。(国立科学博物館 提供)

砂丘に生じる砂紋(パターン)。

図2. 砂丘に生じる砂紋(パターン)。場所は未詳だがおそらくサハラ砂漠と思われる(ウェブ上の無料壁紙集から転載)

 このような現象は私たちの日常生活における自然現象の中にたくさん見出すことができ,それらを研究するかたがたはこうした現象を示す系を総称して「複雑系」と専門用語で呼ぶことがあります。直感的に言うと,ちょうどサイコロを床に転がすような場合を取り上げると,運動に不安定性が含まれており多数回の試行においてほんの少しの初期設定の違い(投げる速度とか角度とかの違い)がどれほど小さくともその違いがあとの全く異なる運動をもたらす(違った数の面を上にして止まる),というような事情が背後にあり,そうした事柄を含むことが「複雑系」の特徴の一つと言えます。現象としては多種多様なものがありますがその中で,上に言う「力学的な不安定性」によって生じる現象を「カオス現象」という名称で呼ぶ場合があります。サイコロの運動やコイン投げの運動といった現象は上の理由で予測ができないということから,力学ではなく「確率」という数学的見方で捉えるのが一般的な見方の一つです。しかしもう一歩踏み込んで,「でたらめでもなく,かといって正確な予測もできないのに秩序が感じられる」,という身の回りで観察される広い意味でのカオス現象をあげますと,
  1. まっすぐに立ち上る煙が徐々に乱れて空気中に散っていく過程
  2. 強く吹く風から砂紋が出来上がる過程
  3. 溶岩が冷えるときに大きさはバラバラながら形的には同様な割れ目・裂け目を示しながら(例えば柱状節理と呼ばれる形で)固まる過程
  4. 雷に伴う稲妻の光の筋がでたらめに見えながら複雑な折れ曲がりの形状が発生する過程
  5. 巨大な竜巻や台風が発生するような気象条件は大体わかるのに位置的にどこで生まれるか予測ができない状態でそれらが発生する過程
  6. ある一団の大気が置かれた気象条件に依存するが,その大気中で大体6角形でありながら樹枝状の様々な一つとして同じ形がない雪の結晶ができる過程
  7. 生き物として,ある幅に収まりながら一つとして同じものが生じないような形状(たとえばヒョウ,トラ,キリン,シマウマ,魚,貝,などの皮膚・表面紋様)が出来上がる過程
などがあります。さらに以下に掲げるのは,本講座で参加者が実際に体験できる現象としてあげるカオス現象としてですが,
  1. 振り子の先や中ほどに振り子を繋げた「2重振り子」の振動が予測のできない振動状態になる過程
  2. 一定の電圧を加えて一定の振動数で発振しているはず?の電子回路において,回路の抵抗を変えると振動数が定まらない不規則な発振状態になる過程
  3. テレビ画面の映像表示で使われている液晶とよばれる葉巻型の細長い分子の作る液体において,乱れのない定常な流れが外部からの刺激(たとえば電圧を加えるなど)により複雑に乱れた流れ(乱流と言います)になる過程
があります。これ以外にもいろいろとあるのですが,これらの様々な現象について,それらを「サイエンスの目でどこまでそのようなカオスを発生させるメカニズムに迫ることができるのだろう?」と問いかけたいと思います。この講座ではこうした「カオス現象」について好奇心を持つみなさんに,示す範囲や説明に限界はありつつもできる限り様々な例を紹介し,かつそれらをどのように研究しようとしているかという活動を紹介しようと思います。

 


午後の実験1:カオス二重振り子の作成 講師:大分大学理工学部自然科学コース 教授 長屋智之

 カオス二重振り子は,カオス振動が観測できるように作られた振動子です。面白い運動をするので,インテリアにも使われています。本活動では,皆さんにカオス二重振り子を作作り,持ち帰って頂きます。作成する二重振り子の振動の様子をビデオで示します。空気抵抗や振り子を指示する場所での摩擦によって次第に振動は減衰するため,トランジスタスイッチという電気的な仕掛けで振動が止まらないようにしています。トランジスタスイッチが動作するとき,発光ダイオードが赤く光るようにしています。市販のカオス振り子のインテリアでは,この電子部品は見えないようにしています。本活動では,振動を継続するために振り子を励起するトランジスタスイッチ回路も作って頂きます。カオス振り子が動く様子を動画で見て下さい。

 



   
倍周期発振 4倍周期発振

午後の実験2:カオス信号の観測 講師:長屋智之

チュア回路という電子回路で発生するカオス現象をオシロスコープで観測します。電気信号はスピーカーでも聴けるようにしています。その為,発振が起こると,ピーという音が鳴ります。回路の一つの抵抗の値を徐々に変えていくと,ピーという音は徐々に高くなり,カオス発振状態ではザザザーというノイズの様な音が聞こえてきます。皆さんに,波形と音の観測実験を行って頂きます。チュア回路の波形と音を動画で見て下さい。

 





単純発振

単純発振

倍周期発振

倍周期発振

4倍周期発振

4倍周期発振

カオス発振

カオス発振

周期的発振

周期的発振

周期的発振

周期的期発振

カオス発振

カオス発振

ダブルスクロールカオス発振

ダブルスクロールカオス発振

ダブルスクロールカオス発振

ダブルスクロールカオス発振

ダブルスクロール発振

ダブルスクロール発振

ダブルスクロールカオス発振

ダブルスクロールカオス発振

ダブルスクロール発振

ダブルスクロール発振


午後の実験3:液晶電気対流 講師:長屋智之

ある種のネマチック液晶に電圧をかけると,対流が発生します。これは,冬の寒い日の味噌汁に現れる,”レイリーベナー ル対流”とよく似た現象です。棒状の液晶分子の方向を揃えると,綺麗な縞状パターンが観測できます。この液晶電気対流は電圧が高くなるにつれて次第に 揺らぎを伴う対流に変化し,最後には乱流状態に至ります。歴史上初めて実用化された液晶ディスプレイは,この乱流状態が光を激しく散乱することを応用 しました。
この活動では,液晶電気対流の様子を顕微鏡で皆さんに見て頂きます。

注意:ブラウザーの設定によっては動画が見えないことがあります。Macは mp4動画、Windowsはwmv動画をクリックしてください。


10.4V 静的な縞模様(動画は10.9V)

Williams Domain


液晶対流の模式図



13.8V 縞模様のゆらぎ

Fluctuating Williams Domain


(b)の状態で暫くすると波模様になる

Wavy Pattern


23V グリッドパターン

Grid Pattern


31V 動的散乱モード(乱流状態)

Dynamic Scattering Mode